子煩悩

うちの娘が生まれてから、もう1年9ヶ月。
生まれたてのころの手帖を見ると、「嵐のようだ」と書いてある。
毎日1時間ごとに起こされる3ヶ月間は、結構厳しかったと、

今振り返っても思う(実際は、それに対応していたのは誰あろう、内の嫁なのですが)。
でも、その娘の一挙手一投足がまた楽しい毎日でした。
いや、今でも楽しいことはまったく変わっていないのです。
娘の誕生で、印象に残っていることは、「あくび」。
「あくび」が生理現象で、誰が教えなくても出来ることだということをすっかり忘れていたので、
生まれて何日か後に、娘が「あくび」をしているところをみつけて、目からうろこが落ちる思いだった。
そんなことあたりまえなんだけど、とにかくビックリした。
みなさんも、自分が今出来ることが、自分が生まれもってできることなのか、
自分の努力によって出来ていることなのか、区別がつかないことがあるのではないでしょうか?
一番良い例として、「笑い」があげられと思います。
これは、うまれた直後の赤ん坊には出来ない、学習によってのみ、うまれてくる表情だということです。
ほかにも、「くしゃみ」だの「涙」だの「くすぐったい(足の裏を爪でつつくと、足の指が丸まる)」だの、これが先天的な物、そうでないものと、体験をとおして理解できたことが妙に嬉しかったです。
その娘も今は、「クック、クック」といって、お出かけを誘ったり、
「飯をよこせ」と人の皿から、問答無用でご飯をもっていく、アクティブな幼児に育っています。
さて、ここにこうやって書いてしまってからなんですが、
このように「子煩悩」は加速していくものだと、
最近気づきました。
皆さんもお気をつけて。
大変失礼いたしました。

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このページは、Yusuke Satoが2003年4月22日 01:24に書いたブログ記事です。

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