あれは、1993年(電話して調べました、恥ずかしいやらなんやら、、、)16歳の時に当時いっていたフリースクール「東京シューレ」の企画で1ヶ月シアトルにホームステイというか、集団合宿して帰りのSEA-TAC空港だった。
この企画には高等部とよばれていた年令の人たち、自分も含めて7〜8人と引率のスタッフ2名の10人くらい参加していた(今回の話にはあんまり関係無いんだけど)。
とにかくSEA-TAC空港で自分は大きい方のトイレにいった。
今もそうかも知れないけど当時のアメリカには公衆トイレにトイレットペーパーを備え付けてなくて(多分持ってかれちゃうんだろうなあ)、トイレに入る時は必ずティッシュペーパー持参で入らないといけなかった。
まあ、1ヶ月の暮らしの中でそんなことを知っていたから、自分は当然ちり紙を持って入っている。
大きい方の個室に入って用をたしていると、隣に日本人が入ってきた。
なぜわかったかというと、「はあ〜っ」と日本人らしいため息と、「やれやれ」みたいな独り言が聞こえてきたからだ。
けっこう大きく開いている仕切りの下からは、黒いスーツのズボンと小奇麗な黒い革靴が見えた。
かばんをゴトっと置くと、行儀よく座ったのか便座は大袈裟にはきしまなかった。
皆さんもおぼえがあると思うけど、ちょっと外国にいたりすると顔のホリが深くなったような気がする。集団で行動する日本人が滑稽に見えたりしたもんだ。自分も集団行動してたけど。。。
そんなもんだから、「隣に日本人が!」みたいなものはなかったなあ。
物凄い静けさが続いて、自分達が用をたしてる音しか聞こえない中、早々にでようかなと思いかけたとき、「あっ」と小さな声で隣の人が呻いた。
ゴソゴソかばんのなかの何かをさがしている音も聞こえてきた。
続いて、「紙が…」
これも小さな声だった。
まあ、日本人だったらトイレにトイレットペーパーがないなんてあんまり思わないよなあ、そう思いつつ自分のポケットからティッシュを出し、そっと隣へ差し入れた。
自分の履き慣れたスニーカーとポケットティッシュと仕切りと黒いズボン。
なんか陳腐な映画のタイトルみたいだ、しかし昨日のことのように鮮明に目に浮かぶ。
お礼を言われたかどうか憶えてないけど、相手と顔をあわせるのは気まずいから、とっとと終わらせて、急いでトイレを出たような気がする。
それから、メンバーのところへ戻って飛行機待ちをしている時に、モニュメントの前で記念撮影ということになり、何枚か写真を撮った後かな?
メンバーの中のM子ちゃんが全員が入っている写真を撮るため、ちょうど通りかかった日本人に「写真とって下さい。」と声をかけた。
その男性は「あ、良いですよ」と親切に受けてくれた。
なんか見たことある顔だなあ。
あれ、よく見たら、スーツも靴も黒いじゃん。
かばんもそんな感じじゃん。
当然、さっきの人だった。
気まずいなあ、気付かないでほしいなあ、と思ったつかの間、俺のスニーカーを見るやソッコー自分に微笑みかけてきた。
軽く会釈するだけで、かわしたけども。
撮影が終わったら何ごともなくその人も去っていってくれた。
意味なくホッとして、飛行機に乗って、日本に帰って、暫くすると写真が参加者内に配られた。
その写真を見ると自分はなんか気恥ずかしそうにしている。
他のメンバーは知らない小さなドラマがそこで繰り広げられていたことの、たったひとつの証拠がのこってしまった。
その写真を見ればそのことを思い出す。思い出なんてこんな物。
さて、それから何年かして、テレビで「ごきげんよう」を見ていた時のことだ。
その日のゲストは立川志の輔さんとほか2名(誰だか忘れた)。昼飯の後のお楽しみ、けっこう毎日見てた。
「恥ずかしい話」の目が出て、お題をちょっとも考え込まず話しはじめた志の輔さん、さすがに噺のプロ中のプロだ、と思いかけたその時。
「仕事でアメリカにいった時のことなんですけどね、SEA-TAC空港でトイレに入ったら…」
皆さんお気付きだろうか、写真をとってもらう時「なんか見た顔だなあ。」と思った下り。
トイレではその人の足しか見てないはずなのに!
芸能人だったよ、気付かずに写真撮ってもらっちゃってるよ、しかもこのこと喋ってるよ、「隣の人の用を足す音が良く聞こえた」とか言ってるよ。
初めてテレビ見てるだけなのに赤面しました。
あなたは、絶対「ひとちがいじゃないのぉ?」とか思ってるでしょ!
絶対志の輔さんだって! だってあの日と同じ黒いスーツ着てたもん!!