「ゲイジュツ」の仕事

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いや、これは「俺は芸術家だ!」というわけではなくて、ふと思い付いたので書こうと思っただけで、その、なんというか、ちょこっとこんなかな〜なんて、思うことであって、他意はまったくないので、ご了承下さいませ(汗?

作家さんや製作業、開発業をふくめて物を作るというところでは全く一緒なのに、「芸術的」と「非芸術的」なものは、確かにわけられている。

自分も全く意識しないで、そのことを観念的にとらえていたけど、具体的にどうわけられているかは何故か筆舌しがたい。

仕事と呼ばれるものには、絶対「誰かを支える」ことが含まれている。これは、前いた職場の社長が教えてくれたことだ。

「芸術」にも仕事として成立することがあるのだから、この中にも「誰かを支える」ことが当然含まれている。物をつくるということと誰かを支えること、その対価として生きるために金銭を得る、どちらにも同じ様にある。
ある一定の技術や方法論が求められることも同じだ、それがそれ以前と同じように維持されていなければいけないことも一緒だ。
誰か求められたら、求められたものを出す必要があるということだ。


違うところはいったいなんだろうか。
パッと思い付くところでは、「自分の哲学や生きざまを反影させることが許されている」ものが「芸術的」と呼んで良いと思う。
芸術にはより高尚で素晴らしいというようなイメージもある。自分はこのことは実体を伴っていない、バカバカしい先入観だと考える。

芸術はより博打的であると思っても良いと思う。
今のところとくに思い付かないから、このふたつが今自分にとっての「ゲイジュツ」という仕事のわけかただろうな。

と、今は思う。

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& 非芸術的なものには、「仕事」に対しての対価があり、相手先の仕事納期も存在する。
実益的なもの。利害関係があるもの。

という感じがあります。

なんかそれ、

「芸術的」=趣味
「非芸術的」=仕事

みたいな?

なんかさびしいっス(泣

このブログ記事について

このページは、Yusuke Satoが2004年6月26日 12:58に書いたブログ記事です。

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